きらきらひかれ

ジャニオタのブログです。→ほぼ茶の間。

デイゼロ、のその日

 

(※若干舞台についてのネタバレを含むかもしれません)

 

 

 

 

 

 

 

 

前日の19時くらいまで、ほんとにほんとに水戸に行くつもりはなかったんだ。まあ今となってはただの言い訳みたいになってしまうけど。

 

 

前日20時くらいになって「あ、そういや明日初日じゃん」と思い出した。21時くらいになって「…水戸なら、行けなくもないな」と思い始めて、22時には譲りのチケットを探していた。おたく、フットワークの軽さだけが取り柄です。幸い、とても良い方に譲ってもらえることになって、話がちゃんとまとまったのが、もう日付越えてだいぶ経った時間だったかなぁ。譲って頂いたのがめちゃくちゃ丁寧にやり取りしてくださる方で(本当に感謝しかない)、それだけでもうこの舞台が良いものになるんじゃないかって、なんとなく予感めいたものがした。

 

 

 

当日、お昼の12時に研究室を抜け出して(つくづくダメな院生だ)、普通電車を乗り継いで水戸に向かった。朝大学に寄ってJRの学割証ちゃんともらってきてたあたり、ちゃっかりしてるなあ自分、と思う。

 

水戸に向かうまでなんにも手に付かなくて、カバンに入れてた文庫本を開いたりもしてみたけど、全く内容が頭に入ってこなかった。3ページ読んだくらいで諦めて、またカバンにしまい直した。

 

 

 

 

日暮里で乗り換えて常磐線の電車に揺られていたら、ふと気づくと斜向かいにおじいさんが座っていた。そのおじいさんが、持ってたレジ袋からレモンのストロング缶酎ハイを取り出して、美味しそうに飲んでたのが羨ましかった。電車はとても空いていた。ゆっくりゆっくりロングの缶酎ハイを飲み終えたあと、もうひとつ持っていたレジ袋から何かを取り出したなと思ったら、それが薬の処方箋だったから、心の中で「おいおいおじいちゃん大丈夫?」って話しかけたりした。おじいちゃんはつまんなそうに処方箋を眺めたあと、またレジ袋にしまい直して、確か赤塚で降りて行った。

 

 

 

水戸駅で降りるのは二度目だった。2年前の3月、茨城大に進学した高校時代の友達の家に遊びに来た時以来。一度目に来たときはたしか花言葉(※A.B.C-Zの8枚目のDVD。名曲です)が発売された直後で、友達にわざわざ「見たいCDがあるんだけど」ってお願いして2〜3軒CDショップを回って、各店舗でどういうふうなコーナーが作られてるかをただ見て回った。その友達には最初、A.B.C-Zが好きとは伝えてなかったんだけど、さすがに2軒目のお店で「なんのCD買いたいの?」と聞かれたから「実はいまA.B.C-Zが好きでね、新しく出たDVDがどういう感じか見たかっただけなんだ」と告白した。わたしはジャニーズの「ジャ」の字も言わないような女子高生をやってたから、その子は凄く驚いてた。まあこれはいま関係ない話なんですけどね。

 

 

 

でもさ、その時はまさか、当時Jr.(しかもアラサー)だった推しの初単独主演ミュージカルを観るためだけにまた水戸へやって来るなんて、思いもしないじゃあないですか。

 

 

 

ぼんやり覚えていた水戸駅の構内を歩いて、4番のバス乗り場からバスに乗り、劇場に向かった。スムーズにチケットを受け取ることが出来て、時間が余っていたからロビーでぼうっとしていた。これから自分がなにを観ようとしているのか、頭では分かっていたけど、心が追いついていなかった。

 

 

開場の時間になっても、なんだかすぐには劇場に入る気分になれなくて、ロビーの端っこで、さも「友達を待ってるんですよ」みたいな顔して突っ立っていた。ぞろぞろと劇場内に吸い込まれていくひとたちを横目で眺めながら、開演10分前になってようやく中に入って席に着いた。

 

 

初めて入った水戸芸術館の劇場はこぢんまりとして、でも内装が素敵だった。背もたれは低めでちょっと座りにくかった。ぐるりとまわりを見渡してようやく、「あ、ここの舞台が始まりになるんだ」という実感が湧いた。

 

 

 

開演予定の18時半を少し過ぎてから、始まったと思う。うす暗く照明が落とされたシンと静まった劇場で、気づいたらすぐ横に福ちゃんが立っていたからひどく驚いた。驚いて顔を見上げたけど、その横顔はもう、福ちゃんのものじゃなかった。

 

 

 

2016年に『コインロッカーベイビーズ』という音楽劇の舞台があった(A.B.C-Z 橋本くんと河合くんが主演だった)。とても大好きなオタクの友達(河合くんのおたくです)がいて、その子とこの舞台を観劇したんだけど、わたしが初めてこの舞台を観たその日、2回目の観劇だったという彼女は既に劇中歌やセリフをめちゃくちゃ暗記していた。劇中歌を歌いながら、ご飯を食べようと移動した渋谷のスクランブル交差点を渡ったりしていた。「すごいね」とわたしが言ったら「劇中はメモとか取ってないんだけど、覚えてるんだよね。多分この舞台がすごく好きなんだと思う」と答えが返ってきた。その時は「いや、それでもすごいって」と言い返したけど、今ならちょっと、あの子が言っていたことが分かるような気がしてしまう。

 

 

 

ジョージ(福田くん)やモリー(谷口さん)やディクソン(上口さん)やアーロン(内藤さん)やパトリシア(梅田さん)やカウンセラー(西川さん)、ほかにも登場人物はいるけれど、まだ一度きりしか観ていないのに、案外、自分でも驚くくらいに彼らの言葉を覚えている。歌も覚えている。わたしはすんなりと、この舞台の虜になった。始まって5分くらいで「これは好きですわ」と、なんとなく全面降伏させられたような気分になったのも覚えている。

 

 

 

劇が始まるまでは泣くのかなぁとか考えていたけど、お芝居が始まった途端にそんなことは忘れていた。「福田悠太さんの初主演ミュージカル」の感慨に浸る余裕なんてなかった。このお話に、ただただ飲み込まれるしかなかった。

 

 

 

 

偶然だけどわたしは今年に入ってから、このデイゼロの前にも戦争を扱ったミュージカル(『マタ・ハリ』)を観劇していた。その時にも頭に浮かんできたのは「戦争ってなんなんだろう」という漠然としすぎている疑問だった。死にたくない、生きたい、大切な人とともに生きたい。でもじゃあ、その大切な人を守るには?自分が戦うしかないんじゃないか?死にたくないけど、戦地へ行く。誰かを守るために、誰かを殺す。それが「しょうがない」で済まされてしまうのが戦争なのだ、たぶん。

 

 

 

舞台、特にミュージカルは、「面白い or 面白くない」と同じく「合う or 合わない」があると思っているんだけど、わたしはこのデイゼロの世界がとても好きだし、きっと自分に合っていると勝手に思い込んでいる。最後のシーン、作り込まれたラストへの盛り上がりとかそういうのじゃなくて、何かが「プツン」と切れたような感じ。人が死というものと本気で向かい合わなければいけなくなったとき、ああなるのかもしれない。お話が閉じたときその一瞬、透明な時間が流れた気がした。「え、これで終わりなのか」と思った次にはもう、キャストの皆さんが深々とお辞儀をしていた。拍手に包まれながら、顔を上げたその表情はたぶんいつもの福ちゃんに戻っていた。

  

 

 

 

何度かここにも書いている気がするけど、わたしが初めて福ちゃんを知ったのは2015→2016のカウコンだった。東京ドームにいたわけでもなく、テレビの中継で見ていた。タキツバのバックでVenusを踊っているふぉ〜ゆ〜を、福ちゃんを見てから、なんとなく頭からずっと離れてくれなかった。それからリア恋やら(ここは笑うところです)いくつかのふぉ〜ゆ〜主演舞台を経て、去年の冬、半ば強引に認めさせられたような感じで(完全に主観なんだけど、でも福ちゃんに関してはそういう感覚だった)福田悠太さんの担当を名乗るようになったのだけど、そのときはまさか、こんな日が来ると思ってなかった。

 

辰巳くんの主演舞台が決まったと聞いたときは、「ああそうか」と思った。ふぉ〜ゆ〜で先陣切るなら辰巳雄大でしょう。大いに納得です。だけど福ちゃんの主演舞台が次に来るとは思ってなかった。しかもミュージカル。わたしは福ちゃんの歌が好きだから、大丈夫でしょうって勝手に思っていたけど、たぶん福ちゃんは自分で「歌は得意じゃない」って思ってるんだろうなとなんとなく感づいていた(実際にそのようなことを雑誌でも言っていた)。

 

 

担当になってから知ったんだけど、福ちゃんは恐ろしく自己肯定力が低い。謙遜とかじゃなく本気で本気で自分のことを「ダメなやつ」みたいに言う。努力を見せるのも嫌いなんだと思う。照れ屋でもある。中学生のときとか、中間テストの前に「勉強した?」って聞いても「全然してねー」って言ったくせにフツーに平均点以上取ってなんでもないような顔してるやついたじゃないですか。福ちゃんああいうタイプだと思ってます(ちなみにここでの例えは、福田くんの学力偏差値が高いかどうかとは別問題です)。なんだよもう、あなた何歳なんだよ。今年32になるんでしょう。もういい加減、自分が恐ろしく綺麗で、ダンスも上手で、演技も出来て、自信ないって言ってた歌も超実力派キャストの方々と「まあ張り合えるんじゃね?」くらいのレベルまで努力で歌えるようになってしまえる福田悠太さんだっていうことを認めたほうが良い。認めて、楽になってしまえよ。福ちゃんは格好良すぎるよ。福ちゃんを格好良いって認めてないの、福ちゃんくらいだよ。

 

 

 

 

 

 

ミュージカル『DAY ZERO』はまだ始まったばかりだ。これからもっともっと福ちゃんの演技と歌と、もろもろ含めた「役者 福田悠太」が成長してしまうって考えると、楽しみでも、ちょっぴり恐ろしくもある。

 

 

 

 

 

キャストの皆様が最後のその日まで全力で走り抜けられるよう、祈りを込めて。

 

 

 

 

ハチクロの野宮さんが越岡裕貴さんに見えてしまう病気にかかった

 

 

まじで、病は突然に。

 

 

 

先日突然「えっ...ハチクロの野宮さんって越岡裕貴さんなのでは...?」と思ったんですよね。それ思ってからハチクロ読み返してみたけど、まあ、しんどいです。しんどいの力でこのブログ書いてます。勢いオンリー。

 

(こんなツイートもしたけど誰にも共感してもらえてない)(だが書く)

 

 

 

 

この漫画を全く知らないって方は殆どいらっしゃらないんじゃないかと勝手に思ってるんですが、いちおう紹介を。

 

ハチミツとクローバー』(英語: Honey and Clover[1])は、羽海野チカによる日本漫画作品。またはそれを原作としたテレビアニメ実写映画テレビドラマ。「ハチクロ」と略される。

ハチミツとクローバー - Wikipedia

 

主人公の竹本くんについては、映画では嵐の櫻井くん、ドラマでは生田斗真くんが演じていましたね。ジャニーーズッッッ!!!

 

 

 

 

だがしかし、今回論じたいのはこの主人公 竹本くんではなく、というかむしろメインキャラでもない『野宮 匠』についてなのでありまして。メインではないけどめちゃくちゃ重要なキャラです。(読んだことある人なら分かるけど)

 

 

 

まずこの野宮さんについて。(ウィキペディアさんに一任します)

藤原デザイン事務所での真山の先輩。髪がやや長く、メガネをかけている。仕事は非常に優秀でやり手な大人の男で、昔の原田(夫)を髣髴させる、人の使い手。真山や山田が無意識に抱いている利己的な感情を彼ら自身に鋭く問い掛ける。かつての自分と似たような葛藤を抱える真山には、若かりし頃の自分(青春スーツと称される)を見るようで気恥ずかしさを感じ、複雑に思っている(偶然だが名前も真山と同じ「たくみ」である)。女性に対してはドライだったが(仕事中にかかってきた電話に対して、躊躇いもなく携帯電話を海に捨てるほど)、山田に関心を持ち、積極的なアプローチを行ううち、切り捨てた筈の青臭さを取り戻す。そして最終的にはストレートに山田に告白して、青春スーツを再装着してしまう。年齢は不明だが作品終盤の時点で30代

ハチミツとクローバー - Wikipedia

 

 

この漫画を知らない方がこれ読んでも「真山?」「原田?」となるかもしれないんですが、とりあえずそこはどうでもいいです。重要なのはここ、

 

女性に対してはドライだったが(仕事中にかかってきた電話に対して、躊躇いもなく携帯電話を海に捨てるほど)、山田に関心を持ち、積極的なアプローチを行ううち、切り捨てた筈の青臭さを取り戻す。

 

もともと女にドライな仕事人間だったのに、年下の女の子に惚れちゃって、最終的にはもうめちゃくちゃクサイ台詞はいちゃったりする人です。

 

 

 

 

とは言え語彙力が貧弱なオタクだからとりあえず見てほしい。まずここ。

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この野宮さんが興味を持った女子(山田あゆ)が、あゆの片思いの相手(真山)の忘れ物のコートを勝手に着ているのに気づかないフリをしつつご飯に誘い、蕎麦を食べるためだけにいきなり長野へ連行するんですよね。蕎麦を食べて自宅まで送り、家の前でコレ。いや、めっちゃいじわるやん。こんなん、自分がある程度モテるって分かってないとできないやつじゃん。越岡さんじゃん。

 

 

そしてそのことが真山に知られ、「何でイキナリ長野なんすか!?」と聞かれてこれ、

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「..........ちょっと遠くへ行きたくなった__からかな?」

 

???

 

彼女でも何でもない女を車に乗せて長野まで蕎麦食いに行った挙句「ちょっと遠くへ行きたくなったから」なんて理由が通るのは十中八九イケメンだ。つまるところ越岡さん。

 

 

そしてこの野宮さん、あゆがなかなか真山への思いを断ち切れないがゆえに、あゆに利用されてしまう。そのことには気づいてる野宮さん。だけど気づかないふりをして、あゆの誘いに乗った...と思わせてからのこれ。

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ここまで言ってあゆのこと泣かせちゃう。だけどあゆを突き放すのかと思いきや、最終的には優しくする。マジ…

 

 

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(ケーキとコーヒーをテイクアウトしてこんなすげー部屋に連れ込んだ上、「真山のどこが好きなの」とか聞き出す野宮さん)(真山への思いをぶちまけちゃうあゆの話を「うん」って相槌だけして聞く野宮さん)(しかも手は出さない)

 

 

 

その後なんやかんや(鳥取で仕事中、あゆが電話口で泣きそうになっていることを察して東京まで9時間車を走らせる野宮さん)(しかし野宮さんが東京へ向かっている最中に鳥取に向かったあゆ)(すれ違いがすごい)(野宮さんは鳥取にとんぼ返り)して、からのこれですよ、これ。

 

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 ッカーーーーーーーーーーーーー!!!

 

あゆを東京に帰す電車のホームですからね、これ。これ言ったあとに電車のドア閉まるやつです。良い男が正攻法決めてくんのやめてほしい。惚れるしかないから。

 

そして電車が行ってしまったあとのこれ、

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いちばん大事なときに計算とか出来なくなっちゃう感じ、好きになるしかないからやめてほしい。

 

 

もう文字打つのもだるくなったか載せるだけ載せます(伝わって)(圧)。

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アァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(天を仰ぐ図)

 

 

 

ところでここまで書いて思ったけど、単にわたしが長髪プラス眼鏡の越岡裕貴を見たいだけな気もしてきた。

 

 

越岡さんって、たぶん自分の容姿が優れてることを自覚してますよね。「ジャニーズなんだから当たり前だろ」ってツッコミ入りそうだけど、案外これをちゃんと自覚してない人もいると思うんです。「いろんな人から言われるから、おれってかっこいいんだろうな」パターンの人って割と多いんじゃないかなって思ってます。だけど越岡さんは自分を客観視して、その上で自覚してそうなところがずるいよなあって思ってます。上手く言えないしめちゃくちゃ私感だけど、自分のイケメンさを踏まえたうえで「こういうことしたら相手(女)が誤解するかもな」っていうラインを無意識で計算して優しくしてそうだなと思うんです。まー、わたしが勝手に思ってるだけなんですけどね。だからこそ、好きでも何でもない相手には後腐れなくうまく立ち振る舞いそうだし、逆に惚れた女にはもうそういうの全部忘れてガ―――ッと突っ走っちゃったりもしてそう。と、いうか、そういう越岡さんが見たいから野宮さんを越岡さんだと思いたいのかもしれないです。うん、ハイ。とりあえずそういう役来てほしい、越岡さんに。

 

 

 

 

最後に「越岡さんが野宮さんなら、松崎さんは山崎さんじゃね?」って話を聞いてほしい。

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松崎さん、こんな服でも着こなしそうだし。

 

 

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(職場の先輩にアプローチかけても全く気付いてもらえてない。)

 

 

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 (極めつけには「アンタとワタシは一生友達だからねっっ☆」って言われる...)

 

 

 

 

 

(こんな越松が見たい)

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(あとこの原田さんはどう考えても福田悠太さん)(もはや野宮にはなんの関係もない)

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(しんど...)

 

 

 

 

あと、竹本くんと真山を足して2で割ったら辰巳くんだと思います。

 

 

 

 

終わり

 

 

 

ジョーダンバットが鳴っている

 

 

 

それぞれの家庭にそれぞれの教育方針みたいなものがあるんだろうけど、我が家の場合は「とにかく本を読め」だった。

 

小学校に入ってすぐ(記憶が曖昧なのでもしかするとすぐではないかもしれないけど)の頃から母親に「本を読むと文字や言葉をたくさん覚えられるから」と言われて毎月『ちゃお』を買ってもらっていた。父は「なんで漫画なんだよ」と言っていたけれど(今考えると確かにそう思う)、母は「漫画でもなんでも文字さえ読めりゃいいのよ」と言ってちゃおの定期購読をわたしが小学校を卒業するまで続けてくれた。オモチャやゲームはクリスマスにしか買ってもらえなかったけど、本だけは欲しいと言えば大体は買ってもらえた。青い鳥文庫の本とか、漫画の単行本とか。話が逸れるけれど、わたしの家では誕生日プレゼントを貰える年と貰えない年があって、その理由については「むしろここまで大きくなれましたってお父さんとお母さんに感謝しなさいよ」と言われたのだけど、(貰える年はおそらく両親の気まぐれで、「誕生日だから〇〇がほしい」とリクエストすると買ってもらえる時もあった)最後に自分のリクエストで貰った誕生日プレゼントは確か小学4年生の時、小学館の動物図鑑だった。いま思うと図鑑だって本なんだから、わざわざ誕生日に買ってもらわなくてもいいのになぁ。

 

中学に入ってからも相変わらず漫画が好きだったけど、小学生の頃みたいには買ってもらえなくなった。元々"アンチ漫画"だった父が許してくれなくなったからだ。それからは親がお金を出してくれる本は、漫画以外の本になった。

そんなルールみたいなものが出来てから、買ってもらうのはもっぱら小説の文庫本になり、その内の一冊が伊坂幸太郎の『オーデュボンの祈り』だった。当時「面白い小説家」を全く知らなかったわたしは「伊坂幸太郎は面白い」と覚えて、伊坂幸太郎の本を読むようになった。今思えば、もしあの時伊坂幸太郎の小説に出会っていなかったら、今みたいに読書が好きな人間になってなかったかもしれない。

 

そのくらいに、わたしの『伊坂幸太郎』の思い出は深い。

 

 

 

 

大学1年の春休み、気になるアイドルが出来た。戸塚祥太というひとだった。このひとの名前をネットで調べていくうちに『伊坂幸太郎』というワードを見つけた。どうやら戸塚祥太くんは伊坂幸太郎が好きらしい。趣味合うじゃん、と思った。しかもあの『ダ・ヴィンチ』で連載しているとか。マジかよ、文が書けるジャニーズって加藤シゲアキだけじゃなかったのかよ、と思った。

 

 

 

わたしがダヴィンチを初めて読んだのは高校1年の時だ。高校の図書室にいた司書さんがとても面白い方で、わたしはしょっちゅう図書室に通っていたのだけれど、そこでほとんど毎月読んでいた。戸塚くんがダヴィンチで連載を始めたのが2013年11月だけど、その頃受験生だったわたしは、高3の春に大好きだった司書さんが転任してしまったこともあって図書室にあまり行かなくなっていたから知らなかったのかもなあ、と思った。

 

 

 

戸塚くんがダヴィンチで連載していると知って、大学の図書館で久しぶりにダヴィンチを開いた。ページをめくっていくと、雑誌の後ろのほうにあった。戸塚くんの連載、『ジョーダンバットが鳴っている』。ジョーダンバット、ってどっかで聞いたことあるぞと思った。ちなみにわたしはわりと本を読んできたほうだと思うけれど、読み終えて本を閉じた瞬間には6割内容を忘れてるような人間です。

例に漏れず、その時読んだのがどの回のジョーダンバットだったのかは覚えていないのだけど、「このひとの書く文章、読みやすいなぁ」と感じたのははっきりと覚えている。あと"予想してたよりもものすごくちゃんとした"エッセイに驚いた覚えもある。戸塚祥太、すげえと思った。

 

 

 

それからまあ色々あって戸塚くんを『自担』にするんだけど、担当になってから分かったのは、戸塚くんはわたしが予想してた以上に"書く"ことが好き、ということだった。そしてわたしは戸塚くんの書く文章を読めば読むほど、戸塚くんのことを好きになった。戸塚くんは気持ちのいい文を書く。そしてその文はすっと心に馴染む。『ジョーダンバット~』の連載がダヴィンチで終わってからは戸塚くんが書いた文章を読めるのがジャニーズwebだけになってしまって、寂しかった。

 

 

ジョーダンバット~』の連載が終わってからしばらくして、戸塚くんが本を出せたらなあとぼんやり考えた。ツイッターでもたくさんのひとたちが『ジョーダンバット~』の書籍化を願っていて、編集部にメールや手紙を送っているひともいた。わたしもメールを送った覚えがある。メールになんて書いたかはっきり覚えていないけれど、その時は自分に何ができるか分からなくて、藁にも縋る思いで、と言うと大袈裟だけどとにかくそんなような気持ちだった。

 

 

書籍化の知らせを初めて聞いた瞬間、「こんなことってあるんだ」と思った。わたしはジャニオタになってから要望メールや手紙を書くことをするようになったのだけど、それまではそういうものを書こうと思ったことなど一度もなかった。これについては自分の性格も関係しているんだろうけど、わたしは元々「実現するかも分かんないことに時間使うの無駄じゃん」って思ってしまうタイプの人間だからだ。

 

だけどそんな自分の性格が(好きなアイドルに関することだけだけど)変わるくらいの強い思いを持つことが、オタクになってから何度かあった。「実現してもしなくてもとりあえず書くだけ書いてみよう」という選択肢がわたしの中に出来た。

 

そんなふうに「とりあえず」で書いてみた要望メールが、まさか実現するとは。わたし以上に沢山メールを送った方もたくさんいたんだろうし、今回はそういう方々の熱量の成果であって、わたしなんか1ミリグラムも貢献できたかは分からないけれど。

 

 

戸塚くんは「みんなのおかげで」と言い続けていた。「みんなのおかげで本になる」と。実際に出版された本のまえがきにもそういうふうな旨の文がある。だけどみんながそういう行動を起こした大元のエネルギー源は、間違いなく戸塚くん、あなた自身だよ。これはわたしなんかが言っていい言葉じゃないのかもしれないけど。でも、戸塚くんにはそういうパワーがあるんだよ。戸塚くん、あなたはとてもすごいひとです。『ジョーダンバットが鳴っている』の作者は、戸塚祥太ただひとりだよ。わたしはとても誇らしいです。戸塚くんのファンでいることが、陳腐なことばだけどほんとうに幸せです。楽しいです。

 

 

 

フォトエッセイ『ジョーダンバットが鳴っている』は、戸塚くんがダ・ヴィンチで連載していた際の『ジョーダンバットが鳴っている』とその他ダ・ヴィンチに寄せた本の紹介文等に加え、新たに4人のメンバーのインタビューと戸塚くんが書き下ろした短編小説が収録されている。

 

連載していた分の『ジョーダンバット~』では毎回違った出来事について、その時の戸塚くんの思いが綴られている。わたしは大学の図書館でダ・ヴィンチのバックナンバーを読んでいたので、全て1度は読んだことがあるはずなのだけど、やっぱり忘れてしまっている部分が大半で、新鮮な気持ちで、ところどころ「ああこんなこと書いてたなぁ」と思いながらページをめくった。いくつか声を出して笑ってしまった箇所もあったりして、戸塚くんてやっぱり面白いひとだなと改めて思った。連載していた分の『ジョーダンバット~』をすっかり読み終えると、戸塚くんを中心で支える一本の柱がうっすらと見えた気がした。多分、戸塚くんが戸塚祥太である所以の柱だ。それはまだはっきりとは見えないけれど、でもこれを読めば間違いなく見える。誰かのファンをやっていると迷うことが何度もあるけど、そういう時がこれから来たらわたしは、間違いなくこの本を開くと思う。

 

 

メンバーのインタビューを読んで感じたのは、「A.B.C-Zってみんな優しいんだな」ということだった。これはもう知っていたことだけど。優しさゆえに傷つけまいとしてすれ違ったこともあったんだろうけど、それに気づいたらもう大丈夫。A.B.C-Zは最強だもんね。

 

 

読んでいていちばん楽しかったのが最後の書きおろし短編小説『光』だった。鈍感というかアホだから3回読んでやっと、なんでそのタイトルが付けられたのかが分かった。自分以外の人間から見られる(この小説のなかで言えば「見ることができる」なのかもしれない)部分はどうしたって光が当たっている部分でしかない。だけど自分自身にとっては光が当たっていない=暗の部分のほうが重要だったりすることもあるし、その分しんどかったりもする。むしろ明の中でどう動けるかは、暗の中にいた時にどういうふうにふるまっていたかが関係しているのかもしれない。暗は他人から見られない分サボることもできるけど、だからこそその部分は自分だけのものだ...と、わたしにしては珍しく考察してみたりもした。つかこうへいと伊坂幸太郎の両方を知っているひとにこの小説を読ませて、「この小説の作者、つかこうへいと伊坂幸太郎が好きなんですよ」と言ったら5人中4人は「やっぱりね」と言いそうだと思った。そのくらい強く、このふたりの作家が戸塚くんに影響を与えているんだと思うと、なんだか胸がほかほかとした。戸塚くんの『小説』をちゃんと読んだのは今回が初めてだと思うけど、純粋にもっと読みたいと思った。戸塚くんが「書く」ことを続ける限り、わたしはその読者であり続けたい。どうか戸塚くんに書き続けてほしいと、強く願わずにいられない。

 

 

 

 

ジョーダンバットが鳴っている』の出版、ほんとうにおめでとうございます。3年前、Googleの検索フォームに戸塚祥太と入れていた自分に「そのひと、3年経ったら本出すよ」って教えたらどんな顔するんだろう?きっと驚くだろうな。

 

 

 

 

 

A.B.C-Z コンビ めも

 

こんなにうれしいリクエストを頂いてしまったので、

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気合入れて書きました!!

 

 

はじめに

・書き終わってから思ったんですけどプレゼンていうかただ各コンビについて語ってるだけのブログになりました...(オイ)そしてめちゃくちゃ長い...暇な方だけ時間つぶし的なアレで読んで頂ければ...

・今回も念のため注意書きしておくけど、ここに書いたのはあくまで個人的な意見です。わたしはどのコンビも大好きです。それだけでも読んで頂いた方に伝わればなぁと思うばかりです。加えて、今回だらだらと色々書いてるけどほぼ全て自分の記憶頼りで書いてるので間違い等々あるかもしれません...ご了承ください。

 

 

それでは全10コンビ!どうぞ!!!! 

 

 

 

はしとつ

『はしとつ』って書いて『世界平和』って読むんでしょ?知ってる。はしちゃん(※A.B.C-Z加入前)が「とっつーは理想のお兄ちゃん」「とっつーを一日ひとりじめしたい」って言ってたの設定がオタクの理想に沿いすぎてて意味が分らない(?)。はしもとりょうすけくん(小学生)に「りょうすけ元気か~?」って声かける戸塚祥太さん(青年)、二次元でしか再現VTRが作れない。ヤバイ。はしちゃんが少クラのお手紙で「とっつーがおれを好きすぎるから、おれはA.B.Cに入ったんだと思います。ありがとう」って言ってたの、大好き。はしちゃんが「とっつーは黒髪が似合う」って言うのも大好き。はしちゃんって「とっつーと仲良くなれたのは運命」みたいに言ってた気がするんだけど、それ思い出すたびに(そうだよねはしちゃん...運命だよね...)って心の中でそっと手を合わせてしまう。わたしの中の戸塚祥太さんが「デステニー...」ってつぶやいてしまう。戸塚さんが「それまで額縁だったA.B.Cに、はっしーっていう絵が入って一枚の絵画(A.B.C-Z)になった」って話してたのを見たときに、戸塚さんから生まれる言葉が好きだなあと改めて思ったし、『橋本良亮なしではA.B.C-Zは完成しないんだ』ってこんなにも素敵な言葉で綴れるのは、戸塚さん自身がもともと持っているものもそうだけど、はしもとくんの存在あってこそだろうなあとオタクは思うのであります。はしとつは前世で生き別れになった兄弟だと思ってます。あ、A.B.C-Zのおたくになったばっかりの頃、「橋本君と出会ってから、なんで女の子に生まれられなかったんだろうと...」って話してる戸塚さんみて、もしかしてとんでもないグループを好きになってしまったんじゃ?って震えた思い出があります。

 

 

はしふみ

未だかつてこんなにもドラマを背負った末コンビがいただろうか...。15歳で他メンバー4人は全員20歳超えてるグループに入れられたはしもとくん。いきなりセンターに立たされたはしもとくん。そんなはしもとくんにわざと厳しく接して「自分は嫌われ役でもいい」ってはしもとくんを成長させたのが元末っ子の河合くんっていう...なにそれ...脚本が出来すぎてない...?実際とはちょっと違うんだろうけど、2013年のジャニーズ伝説で河合くんが「おれたちはお前にかけてるんだよ!」ってはしもとくんに叫ぶの、15歳の男の子に対してそれは重くない...?って思いそうにもなるけど、そのころから『センターとしての橋本良亮』を信じてたのは、たぶん誰よりも河合くんだったんじゃないかなと、わたしは思ってしまう。はしもとくん加入時のことを「熟年夫婦がマルチーズ飼い始めた」って河合くんが言ったのもとっても好き。自分よりおっきい年下の子のことをマルチーズって言う河合くん、とっても好き。はしもとくんはマルチーズなんだよ。ここ、試験に出ます。はしもとくんが「ふみとはかっこいいの!!」ってぷんすこするも超超超好きだからはしちゃんはずーーっと「ふみとはかっこいいの!!」ってぷんすこし続けてほしい。ぷんすこしたはしもとくんに「かっこいいの!!!」って言われて「うきゃきゃっ」って照れて耳赤くなっちゃう河合くん、ここまでがはしふみです。コイベビ楽しみすぎる!!!!!!!!!

 

 

はしつか

はしつかも兄弟だと思ってるけど、塚ちゃんのお兄ちゃん感!出るのがたまーーになところ、よくない?(伝わって)はしちゃんがテンションぶち上ってウェーーーイってなってるのを塚ちゃんが「ハッシーどうしたの?!」って困惑してるの、超よくない?塚ちゃんのはっしー「ハッシー」だよね(主観)。あとはしちゃんが塚ちゃんにマジギレしてるの見るのもなんか好き。喧嘩するほど仲がいい...ともちょっと違う気がするけど、でも仲良しだよね。特記すべきはやっぱりSLT大阪リコーダー事件(知らない人は検索したらもっとちゃんとした詳細がたぶん出てくる)ですよね。はしもとくんのおニューのカッコいいリコーダーをあり得ないレベル(空気穴?のとこ)まで口の中に入れちゃう塚ちゃん。崩れ落ちるはしちゃん。ブチギレて塚ちゃんを追いかけるはしちゃん。逃げる塚ちゃん。花道使っていい大人が本気の追いかけっこしないで?元気かよ。君ら、さっきまで歌って踊ってたのに元気かよ。結局メンステからバクステくらいまで逃げてはしちゃんに捕まった塚ちゃん「あのズボンあげるから許して!」はしちゃん「え?まじで??絶対だかんね?!」許すんかーーーーい。「絶対だかんね!」って話しながら並んで歩いてメンステに戻ってきましたね。あと塚リカちゃんを「マジで女の子」って言っちゃうはしもとくん、好き。まじで女の子に見えちゃってほっぺたにチューしちゃうはしもとくん、橋本良亮、好き。リカちゃんの彼ピッピのはしもとくん、チャラいけど「やっぱリカの作るカレーがいちばんうめーわ」って言ってそうじゃない?(妄想)え?好き。

 

 

はし

年齢差8歳の!!!!!!これがA.B.C-Zのじいまごで~~~~~~~~~~す!!!!!!!!!(全世界に向かって)ですがわたしが皆様にお伝えしたいのは、はしごはじいまごというよりむしろ、飼い犬その飼い主であるという点であります。想像してみてほしいんだ。一匹の大きなゴールデンレトリーバーがいます。飼い主は散歩に連れていきました。天気がとってもいい日でワンちゃんは大はしゃぎ。リードを持つ飼い主さんは、そんなワンちゃんにちょっと困りつつも嬉しそうです。...はい、ここでその飼い主の顔に注目して?ね?五関くんでしょ?(ハ??)次にワンちゃんの顔にも注目してみて?ね?はしもとくんでしょ?(ハ????)つまりはしごってそういうことなんですよ(分かって)。はしもとくん、最近は「五関くん」「五関さん」呼びが多いけど、『素』っぽいはしもとくんが「ごっち」呼びしてるの目撃すると、思わず天を仰いでしまいそうになる。はしもとくんの「ごっち」呼びはぜひとも然るべき方法で保護して頂きたい。はしもとくんのソロコンの振り付けだけじゃなくてレーザーの打ち込みまでやっちゃう五関くんだけど、あの強すぎるレーザーの中ではしもとくんを躍らせるの、ほんとに五関くんって何者?下手すりゃ死人が出そうなレーザーの中で、はしもとくんを躍らせたのが五関くんていう事実だけで日本酒が一升飲めてしまうよ。ていうか五関くんてはしもとくんのこと、大好きだよね。めちゃくちゃ信じてるよね。知ってた。はっしーはもともと王子さまだけど、もっともっとかっこいい王子さまに変身させる魔法は五関くんの振り付けだよ。あとさ、はしもとくんのダンスって年々五関くんに似ていってない?気のせいかもしれないけど。

 

 

ふみとつ

ふみとつのことを「お見合い結婚した夫婦」と評するオタクことわたしです(自己紹介)。あとバッテリーね(※野球用語のほうです)(戸塚さんが投手で河合くんが捕手)。うーーーん、ふみとつって何なんだろうね...ふみとつ...。世界がふみとつの謎を解いたときが地球最後の日になるんじゃない...?仕事のこととか、裏側でもたぶん一番真剣に話し合ってるんだろうふたりだよね。サシ飲みとかめちゃくちゃ行ってそうだけど、それをオタクには教えてくれないのがふみとつだよね。「だってそれがふみとつだもんね」って思っちゃうのがふみとつだよね。とっつーが時々意味わかんないスイッチ入って暴走しちゃったときに、真っ先にうきゃきゃって笑っちゃう河合くん、好き。ふみとつにはいろんな意味で意味でヤバイエピソードがあると思うからそこらへんはふみとつマスターの方々にお任せするとして(任せないで)、わたしが好きなのは『ビジネスパートナー』チックなふみとつなんですよ。自分ができないこととか、「ちくしょーなんであいつは出来るのにおれは出来ないんだ」って思うよりも先に「あ、これはあいつの得意分野だから向こうに仕事回そ」ってなりそうなところなんですよ。「なんで」「どうして」よりも先にあいつだもんな」ってなりそうなところなんですよ。あーーでも、時たま河合くんを見るとっつーの目がお兄ちゃん感溢れてるとき、あるよね。あれ、いいよね。同G内強火五関担のふみとつはまた別方向のふみとつだから、ここでは割愛します!

 

 

戸塚田isジャスティスッッッ!!!!!戸塚田って正義じゃないですか?巨大隕石が迫りくる地球で、たとえ人類滅亡までのカウントダウンが始まってたとしても戸塚田は戸塚田してそうじゃないですか?そういうところ、ほんとね、戸塚田だから。戸塚さんって飼ってるハムスターとかかわいがりすぎて、構いすぎて殺しちゃいそうだなって思ってる戸塚担なんですけど(どんな)、そういう重すぎる愛を投げつけられても飄々としてる塚田くん、ほんとに好き。なんなら「とっつーしつこいよ!」って言っちゃいそうな塚田くん、ほんとに好き。戸塚さんて、塚ちゃんがそばにいるから救われたこととかきっと何度も何度もあるんだろうなあと勝手に想像してるんだけど、塚田くんにとっての戸塚さんもそうであったらいいなあと、戸塚担のわたしは思ってます。相手が元気無いの察して家に行くとか家に呼ぶとか、よく考えたらヤバイ(すごい)よね。漫画とかでさ、離れたところにいる相方のピンチを何故か察知して「なんかやな予感がする...」っていうやつあるじゃん。あれ、戸塚田ならリアルにありそうですよね。戸塚さんって、塚ちゃんに対してはバイオレンスな愛というか、不器用というか(いやもともと不器用なひとではあると思うけれど)、そういう「お前は中2か?」みたいな態度とるくせに、そうかと思えば「塚ちゃんはおれのもんだぜ」アピールしてくるの、ほんとになんなの?知ってるからもう、それいいからもう。とは言えこのふたりが40歳になっても50歳になっても60歳になってもその先も、「とっつー!」「塚ちゃん!」って呼び合ってる未来があると思うだけでちょっと、涙出そうになるけどね。

 

 

とつ

「とつごでしょ?とつごなんでしょ?(笑)」...そうだよとつごだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!五関くんから需要を把握されてるとつご、なんなの?五関くん、ほんとそういうところ、なんなの?五関くんの挙動を「さすが五関くん!!」「やっぱり五関くん!!」で済ませちゃう戸塚さん、強火オタっていうのもそうだけど、仮面ライダーとか見てる小学生男子みもあるよね。五関くんの真似とかし出すしね(ex.「五関晃一のサンプリングしてやったぜぇ~~~~!!!」~戸塚祥太さんのドヤ顔を添えて~)。だけど時々「五関くんはおれたちに何も教えてくれない!!」っておこおこし出すのはめんどくさい女子だよね。つまるところ、とっつーって五関くんのこと大好きだよね。だけど、とっつー→→→→→→→→→→→→五関くんなのかと思いきや、五関くんもわりととっつーのことが好きなところ、即是戸五也。しかも五関くんて戸塚祥太の顔面担じゃない?もしかして同担じゃない?え、違う??てかいま突然思いついたんだけど、とつごで任侠映画とか撮ってほしくないですか?クソ高そうなスーツ着た五関さんに「今の時代、おれたちみたいな人間もココ使わないとねぇ」って人差し指で頭ツンツンってしてほしい。その五関さんの半歩後ろにいる戸塚さんに「いいから黙って消えてくれる?」って言ってほしい(知識が乏しい)。あと戸塚さんが撮った五関くんと、五関くんが撮った戸塚さんとか見たい。写真。白シャツがいいよね。見たい。

 

 

ふみつか

A.B.C-Zの切り込み隊長コンビ~~~~~~~~~~!!!!!!と思ってるふたりです。ふみつかの安定感、愛してます。グループからバラエティーにコンビで出る時はこのふたりが多い気がするけど、安心して見てられます。あとはね、塚ちゃんの「河合」呼びとかね。「ハッシー!」「とっつー!」「五関くん!」「河合」のアレね。MCの河合くんのトーク「まあどうでもいいよね~~!!」ってぶった切る塚ちゃんとかね。グアムでスカイダイビングする時に河合くんに付き添う塚ちゃんとかね。河合くんの手握る塚ちゃんとかね。高度3000メートルでもはや言葉すら出てこない河合くんに「下でメンバー待ってるから!」って励ます塚ちゃんとかね。好き。あと応援屋の2幕終わりで暗転直前にハグしてるふみつかもね、ピースフルだよね。塚ちゃんの表情はカメラの向き的によく見えないけど、河合くんのお顔はちゃめちゃかわいいよね。でもたまに塚ちゃんがしゃべった言葉を河合くんが翻訳するタイプのふみつかもあるじゃないですか(※河合くんが翻訳するタイプのコンビ芸ははしふみでも目撃されます)、あれもたまんないよね。「~~っていうことだよね?」って一般の方々にもわかりやすいように即座に言い換えられてしまう河合くんを見ると、ふたりがいっしょにいる時間の長さを感じさせられてわたしはそっと両手を合わせてしまう。ふみつかの二人芝居とかもみてみたいなあと思います。なんだろう、指名手配犯とガソリンスタンドの店員とか...。

 

 

最近じゃ「あ~~~ハイハイ河五ね」で済ませられなくなってきてる河五のことですか????「ねえちょっとなにやってるん?」ってなってる河五のことですか????今回はね、良い機会だからこの場を借りて、いち戸塚担としてわたしなりに河五について語らせて頂きたい(※もともとそういう趣旨の記事)。まずね、河合くんは五関くんのことをどういう目線から好きなのかを教えてほしいんだ。ただのメンバーとして?いやもうそういうのはちょっと、いいからさ、腹を割って話してくれよ。はっきりさせようよ。『ジャニーズの五関くん』に対して『ジャニオタの人格を持った河合くん』が好きのか、単に人として好きなのか、はたまたお兄ちゃんみたいな感じで好きなのか。ね、どれ?(前のめり)それにしても近頃じゃあ河合くんからのマウンティングも入ってくるからさぁもう~~~~~~(天を仰ぎながら)(webでふたりが載せた色違いのマスクしてる写真をスクショしながら)。五関くんも河合くんの好きなようにさせちゃうところが(言い方)五関くんが五関くんのところだよ!!そういうところ、ほんと五関くんだから!!!!ところでそんなわたしはナチュラル河五派閥に属してます(#とは)。河合くんがなんか言ったときとかにケタケタ笑ってる五関くんとか、動きがシンクロしちゃう河五がそれです。あと曲中でストップする時のポーズ(伝われ)が似てたりとか。時に河合くん、たまには「ごっち」って呼んでくれていいんだよ?

 

 

Dancing Spinning 技!Toughness more 体!まさにA.B.C-Zがアクロバットボーイズクラブであることを体現してるふたりだなぁと思います。だけどこのふたりにはそれだけじゃなくてそのままミラコスタ(未遂)とか弾丸北海道旅行とかいろいろ前科があるからもう...おたくはこわい...震える...A.B.C-Zってマジなんなの...?(初歩)塚ちゃんが怪我しちゃったときにカバーする五関くんがいたかと思えば、楽屋で裸の塚ちゃんが五関くんに迫ってたり(語弊)。ムンウォの初回盤Cの特典映像でふたりでごはん行って(しかもそのごはん会も塚ちゃんの半強制的なあれ)お酒飲んでる塚五も良かったなぁ。「五関くんはおれに対して全然興味わかなすぎ!」って酔って拗ねてる塚ちゃんめっっっっかわだった...。ダンスとアクロバッキバキにキめる塚五も、女子か?カップルか?みたいな塚五も、塚五で二度三度美味しい!よね!!あとね、塚ちゃんがアクロの大技決めたりとかトランポリンの技決めた時とかに五関くんが「すげぇ~」っていうの、わたし好きです。「すげぇ~」て若干笑いながら言ってる五関くんね、好きです。まあどう考えても五関くんをディズニーやら旅行やらに連れ出せるのは塚ちゃんだけだろうからさ、塚ちゃんってやっぱりすごいよね(小並)。ね、ところで話は変わるけどリカとごせ子のコンサートはいつなんですか?キンブレ全力で振りたい。黄色と青の二本持ちしたい。ね、『リカとごせ子のサマーコンサート~いっしょにgo to ミラコスタ~』はいつですか?

 

 

 

 

 

 

バーーーーーっと書きたいことを書いた今回ですけど、まだまだ書き足りないこともあるし、時間が経ったら思うことも変わりそう。まぁ~~~~~長くなりましたね。7000字超ですよ。やば。今まででいちばん長くなりました。最後まで読んでくださった方(いらっしゃったら)ありとがうございました!!おわり

 

 

 

ゆめからさめて

 

 

2/17、ミュージカル『マタ・ハリ』観劇してきました。

 

なんていうか、久しぶりにちゃんとした(ちゃんとした、の基準も謎だけど)ミュージカルというか舞台を観たなって。これは個人的にの話だけど。

第一次世界大戦中のヨーロッパが舞台になっているんだけど、こういう所謂「戦争モノ」を観て思うのは、街で暮らしてる普通のひとたちにも一人ひとり、それぞれの人生が、物語があるということ。性格的な問題で「平和って大事だよね!」とか言えるタイプじゃないけど、それでもたくさんのひとたちが恐怖にさらされて、自らの意志無しに命を落としていったことは忘れちゃだめだなあと思います。

主人公のマタ・ハリが、ほんとうに美しくて、つよくて。彼女を「娼婦」なんて言ってる台詞もあったけど(そして実際にむかしは娼婦だったのだけど)、でも彼女に惹かれてしまうのはたぶん女だからとかじゃなく、ひととして美しいからだと思った。「愛に国境なんてない」と言ってしまえる彼女が踊るからこそ、虜にさせられてしまうんじゃないだろうかと思った。

 

 

 

 

本題に入ります。

 

ほぼ、1年ぶりくらいに推しをこの目で見ました。

わたしが最後に観たのは帝国劇場で、まだ「仲田拡輝」を生きていた彼だった。2017年の2月が終わると同時に退所して「百名ヒロキ」として帰ってきた彼を見るために、国際フォーラムCで、普段ジャニオタだけやってたらまず観ないであろう本格派のミュージカルを観劇したんだから、人生ってなにが起こるか分からない。ほんとうに面白いなと思います。

 

幕が上がってすぐに彼の出番があって、うす暗い戦渦のなかを逃げ惑う彼がいるんだけど、出てきた瞬間に「ああ、あれだ」と分かってしまった自分がいた。舞台の上で演じている彼をみとめた瞬間にどうしようもなく泣けてしまって焦った。また彼のことを観られて嬉しいとかそういう感情ではなくて、ただそこに、ほんとうに存在していたことに驚いたというか。

 

 

わたしはアイドルって「夢」の体現だと思っている。いろんなファンがいて、それぞれ見たい夢が違うから、だからいろんなアイドルがいる。ファンには見たい「夢」を選ぶ選択肢がある。

 

2016年10月の日生劇場で、わたしは仲田くんを見つけた。彼がわたしに見せてくれた夢はいつでも穏やかであたたかかった。そしてその夢は、あっという間に、突然終わってしまった。終わり、というのは目が覚めたというわけではなくて。眠ろうとしても夢に潜れない、ずーっと続く無彩色の世界だった、と今考えるとそう思う。彼が百名くんとして帰ってきてからも、たぶんわたしは仲田くんの夢から覚めずにいた。

 

舞台の上に立つ百名ヒロキとしての彼は、どこまでもリアルだった。

 

わたしは心のどこかで仲田拡輝を探して舞台を観に行こうとしていたんだと思う。だけど幕が上がってそこに立っていたのは百名ヒロキでしかなかった。わたしがなかなか終わらせられずにいた仲田くんの夢を終わらせたのは、百名くんだった。

 

 

ずっと、去年の3月からずっと、胸の奥底で思わずにいられなかったことがある。なんで自分は仲田くんを見つけてしまったのだろう、なんで好きになってしまったんだろう。好きになってからあんなにもすぐに消えてしまった仲田くんを、わたしは好きになった意味があったんだろうかと。…こう書くと語弊がありそうだから弁明しておくと、これは感傷的な感情ではなくて、単純な疑問だった。なにかを好きになるのに理由とか意味なんてなくてもいいんだろうけど、そういうものを探してしまうあたり、自分ってちょっと卑しいなあと思ったりもするけれど笑。

 

 

舞台に立っている百名くんを観て、わたしが仲田くんに出会ったのは、百名くんに出会う為だったんじゃないかと思った。というか、そう思うことにした。そのくらいに百名くんは良い役者だったから。演劇とか詳しくないし、演技の上手い下手もわたしはよく知らないけれど。でもわたしは百名くんの演技を観て、心が震えたから。

 

 

ピエールが「飛ぶのが怖い」と、「死にたくない」と訴える場面がとても好きだった。恐怖の感情で塗られた顔が、だんだんと覚悟に染まっていくところがとても良かった。百名くんは良い役者だ。そしてたぶんこれからもっともっと良い役者に、きっとなる。

 

 

百名くんを観るのがずっと少し怖かった。観たら自分の中の仲田くんが消えるって思っていたから。けれどいま、仲田くんはわたしの中にちゃんといる。こんなふうに書くのはちょっと恥ずかしいけれど、ちゃんと、しっかりと、思い出として昇華できたんだなあと思う。言えなかった仲田くんへの「さようなら」をようやく言える。いままでは「ありがとう」しか言えなくて、「さよなら」が言えずにいたから。

 

 

 

仲田拡輝くん、素敵な夢をありがとうね。ほんとうにほんとうに楽しかった。さようなら。

 

 

 

 

前のブログで「これで仲田くんの話は最後にする」って書いてた気もするけど、その約束を破ってしまった笑。これでほんとのほんとに最後にします。

 

 

百名くんに幸あれ!

 

 

 

 

 

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むだい そのご

 

 

 

福田悠太さんは、わたしのふたりめの担当です。ふたりめ、ってのは順位じゃなくて順番的に、の話です。福ちゃんはわたしが「ちゃんとしたジャニオタ」やるようになってから始めて担当になったひとだから、言い方がよく分からないけど、気持ちの行方というか、そういうのの扱いがめちゃくちゃ楽。ジャニオタ始めたばっかりの頃って意味わかんね〜アカウントのなんの根拠もない意味わかんね〜ツイートにいちいち悩んだり考えたりしてしまって。そんなこともあったけど、ジャニオタ初心者マークが外れた今ではそんなの時間の無駄なだけって知ってるから。そんなときに福ちゃんの担当になったから、福ちゃんを自担って言い始めたのはつい最近だけど、最初からすごくマイペースにオタク出来てるなあって思う。例えが合ってるかわかんないけど、たぶんふたりめの子育てってこんな感じなんだろうね。中学の制服って全部揃えるといくらかかるのかしら〜とか、体操服は何枚ずつ買ったほうがいいのかしら〜みたいなさ。最初ってそういうことに戸惑うじゃないですか。でもほら、ふたりめだと運動部入るなら体操服の替えは3枚ずつくらい必要だけど、文化部だったらそんなにいらないな〜、って分かるじゃないですか。まあわたし子育てしたことありませんけど。結婚もしてないですけど。彼氏もいないですけど。どうでもいいですね。

 

わたしが初めて見た福ちゃんはカウコンのタキツバのバックで踊ってる福ちゃんだった。いま考えれば、まだ自担の現場すら行ったことないようなときに見た、カウコンのバックで踊ってるアラサーのジュニアに落ちた自分、なかなかチョロオタの素質あったんだなって。ていうかありすぎだなって。ふぉ〜ゆ〜に落ちたのがカウコンのテレビ中継って、なかなかレアじゃない?オタクやってると、全く予想もしなかったようなことが次々起こるからほんとうに楽しいです。

 

福ちゃんの踊りがめちゃくちゃ、ほんとに、まじで、好きです。踊ってるところ見て落ちたんだからまあそりゃそうだろって感じもするけど。ほんとに福ちゃんのダンスが大大大好き。55コンのリリホワ見て、心からそう思った。たぶん福ちゃんが踊ってる限りは福ちゃんがどんなにクソ男だろうがヤベー女と付き合ってようが犯罪犯そうが(いやそんなことはないと思ってるけど)、わたしは福ちゃんのことを絶対嫌いにはなれないと思う。

福ちゃんがああやって踊るようになるまで、ああいう振付を考えるようになるまで、きっといろんなものを見て、感じて、勉強して、そうやって福ちゃんの踊りが出来たんだろうなって思うから、なおさら福ちゃんの踊りが好きです。わたしが知らない福ちゃんを、ほんのすこしでも知ったような気分になれるから。

 

 

福ちゃんは「自分のことが嫌い」って言うし、「自信がない」とも言う。匂わすレベルじゃなくはっきりと、せいせいするくらいにきっぱりと言う。なんでそんなこと言うのか知らないし、そういうこと言うようになったきっかけがあるのかも、わたしは知らない。わたしもわたしのことがそんなに好きじゃないし、美人で頭良くて実家が金持ちの家に生まれかわって人生やり直してーって考えたこともあった。でもそれって10代後半までの話。なぜならそんな絵空事考えても美人にはなれないし頭も良くなれないし金持ちにもなれないって気が付いてしまったから。自分で自分の人生終わりにしない限りは、いま、この人生を生きてる自分は続いてくわけで。日本人の平均寿命ってたぶん80歳超えてると思うけど、あと60年近くもそんなこと考えてても非生産的すぎるなって分かってしまったから。

自分のことを嫌いって言うのは、自分のことを好きって言ってくれてるひとを否定するのと同じだよ、ってむかし言われたことがある。たしかにそうかもなあって思った。でもまあ、自分のことを好きでいようが嫌いでいようがお前には関係ないだろ、って思ってしまう部分もある。

 

福ちゃんがわたしと同い年とか、年下ならともかく、福ちゃんは福ちゃんとしてもう31年も生きてきたんだから、きっともう変わらないんだろうなって思う。福ちゃんみたいに綺麗な人が自分に自信ないって言ってるの聞くと、オイオイお前の顔面鏡で見て出直して来いやこのヤローって思ってしまいそうになるけど、でも福ちゃんは福ちゃんとして生まれてきたくて生まれてきたわけじゃないもんね。福ちゃんは福田悠太さんをたまたま、偶然、生きてるだけかもしれない。だけど福ちゃんは福ちゃんだから、わたしは福田悠太さんを生きてる福ちゃんを好きだよ。福ちゃんがどんなに自信がなくても自分を好きになれなくても、わたしは福ちゃんが好きだから、それはもう、どうしようもない。勝手に好きでいさせてもらう。

 

たぶん福ちゃんはこういう分かったような口きくオタク好きじゃないんだろうな〜〜ってなんとなく思ってるけど、でもごめんね、そういうめんどくさいオタクなの。福ちゃんがもしこれ見てたらコイツ何言ってんだよ気持ちわりーって笑っててくれればそれでいいよ。(ドMみたいなこと書いてしまったけどそういうわけではないよ)

 

福ちゃんがアイドルやっててくれて良かったなあって思う。福ちゃんがやめないでいま、ジャニーズにいてくれてわたしは嬉しい。舞台もめちゃくちゃ楽しみ。まだチケットないけど。きっとまだわたしの知らない福ちゃんが見られるのがワクワクしてしょうがない。福ちゃん好きだよ。

 

 

 

 

(ファンレが書けないオタクのポエムブログ第2弾)

 

 

むだい そのよん

 

 

 

わたしが戸塚くんを初めて知ったとき、どういうひとかとかそういうことについては全く知らなくて、だから担当って言い始めてから中身を知ったんだけど、いろんな節々で好きポイントを突かれすぎてて、よくもまあこんなひとを中身も知らずに好きになったなぁすげえよ自分!って感じだった。

自担のことをこういうふうに言うの、めちゃくちゃ恥ずかしいし照れるからブログにしか書けないけど(ツイッターではたまに漏らしてるけど)、わたしは戸塚くんほど心のきれいなひとに出会ったことがない。わたしはアイドルなんて上っ面だけちゃんとやってくれてれば良いと思ってるし、そういうところも面白いなってスタンスだし、『職業 アイドル』やってるひとに惹かれてしまうたちだから、こういうこと言うのもあれなんだけど。だからなんていうか、そういうふうに思わせてくれる戸塚くんが、ほんとに、ほんとにすごいなって思います。戸塚くんの素が本当にとても良い人なのか、それとも戸塚くんの考えてるアイドルがそうだからそういうふうに振舞ってるのかは知らないし、知らなくても良いと思ってるけど。もし、その後者だとして、あんなにもピュアで無垢な心の持ち主を演じられるならそれは最高の役者だよ。降参です。

 

戸塚くんを好きになって、自分変わったなあって思います。ひとりでいろんなことが出来るようになったし、「ひと」が好きになったし、失敗してもべつに大丈夫でしょって思えるようになった。前からそういう性格だったような気もするけど、さらにそうなった気がする。戸塚くんはものすごく強いから、だけどただ強いだけじゃなくて弱さを見せられる強さを持ってるから、だから戸塚くんはずっとわたしの憧れだしヒーローだなって思う。戸塚くんを好きになってから、戸塚くんが道しるべみたいになってる。

 

ジャニオタやるようになって、いろんなひとがいるんだな〜〜って知ったし、世の中には何かと比べることでしかものの価値を測れないひとたちもいるんだなって思った。アイドルだって人間だよ!って大声で叫ぶつもりはないし今更そんな寒いことしたくないけど、でも、だけどアイドルは人間なんです。みんな違ってみんないいとわたしは思う。その違いがあるから面白いんじゃないの、って。もっとああしてこうしてって言うのは簡単だし、それは好意ゆえなのかもしれないけど、なにも知らないひとからみたらそれはマイナスな印象になってるかもしれない。それって自担の営業妨害だよね。これはいつまでも気に留めておかなきゃだなあって個人的に思ってることです。

 

話が逸れました。

 

 

少し前から、何度か見る夢がある。戸塚くんが主演映画で賞を獲る夢。戸塚くんは決まって黒のスーツに黒のタイを締めてるから、毎回毎回夢の中で「殺し屋かよ」ってツッコミ入れてる。胸には白のチーフが三角に折ってささってる。

シチュエーションは同じでも、見る場面は毎回違って、賞を受賞したほかの俳優さんたちがコメントしてるのに笑顔で拍手してる戸塚くんとか、戸塚くんが賞のトロフィーみたいなの持ってコメントしてるところとか。この夢の中の戸塚くんはいつでもうっすら笑ってて、それがほんとうに穏やかで。だけど目尻の皺がいまよりちょっとだけ深い。それを自分はテレビで画面越しに見てるんだけど、そのときの気持ちは嬉しいとか、そういうのもあるけど、それを上回ってるのが「やっぱりな」みたいな。上手く言えないけれど、戸塚くんが立つべき場所に立ってるなって、そういう感情だと思う。

 

 

わたしは戸塚くんのことが好きだから、だから戸塚くんに望むことはあまりないです。好きなほうに進んで、選んで、それであなたの思う『アイドル 戸塚祥太』を演じたらいい。わたしはアイドルの戸塚くんを好きになったから、好きだから、それ以外の戸塚くんはどうでもいい。戸塚くんは自由だよ。

 

戸塚くんのことがほんとうに好きだなあと思うし、それはすごくあたたかくて、きれいな感情だと思うから、自分の胸の大事な場所にずっと持ち続けたいなと思う。戸塚くんにふれると、自分がちょっとだけやさしくて強くなれた気がするから、わたしは戸塚くんを好きなわたしが好きです。ツイッターで「えびでは河合くんがリアコ」ってツイートをしたことがあって、そうしたら何人かに「じゃあなんで河合担にならないんですか」って聞かれたことがあった。

A.B.C-Zって最高だし、最高なんて言葉じゃ全然足りないくらいに最高で、わたしは橋本くんも河合くんも五関くんも塚田くんもみんな大好きです。戸塚くんと同じグループだからっていうのももしかしたらあるかもしれないけど、それ抜きにしてもお釣りがくるくらいには大好きって言える自信がある。だからたぶん誰の担当になってもおかしくなかったんだとは思うけど、わたしは結果的にいま、戸塚くんの担当をやっている。このことについて考えたけどちゃんとした答えは言葉にできなくて、なんとなくでいうなら「戸塚担」って言ってる自分がしっくりくるからなんだろうなあって思います。

 

 

 

 

たまーにふと思い立ってこうやって長文のブログ更新したり、ツイッターでポエム垂れ流したりするのは担タレってことにしておいてください。全部戸塚くんのせいだよ。戸塚くん、好きだよ。

 

 

 

(ファンレはとても恥ずかしくて書けないオタクのポエム)